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2014/04/23

【反天連声明】 オバマ来日・日米首脳会談反対!  天皇会見・宮中晩餐会を許すな!

2014年4月23日
反天皇制運動連絡会


 本日、オバマ・アメリカ大統領が、四か国歴訪の一環として、都内一万六〇〇〇の戒厳態勢のなか、「国賓」として来日する。二三日に安倍首相と非公式の夕食会、二四日に皇居での歓迎行事、首脳会談、共同記者会見、そして宮中晩餐会などが予定されている。


 今回の首脳会談のテーマとして、日米の同盟強化、環太平洋連携協定(TPP)、地域の緊張緩和があるなどとマスコミは報じている。


 この間の、「靖国」「慰安婦問題」をはじめとする「歴史認識」における安倍政権の突出が、中国や韓国のみならず、アメリカの「失望」発言さえ引き出した。安倍政権の行為こそ、東アジアにおける「不安定要因」を拡大しているのだ。今回のオバマ来日・日米首脳会談の最大の目的が、こういった状況を調整し、「傷つけられた日米関係」を「修復」し、あらためて強固な日米同盟の方向性を再確認することにあるのは明らかである。


 だがそれは、安倍政権が前のめりになっている、集団的自衛権や武器輸出の容認、対中国シフトに向けた沖縄の出撃拠点・前線基地化の、より一層の進展をしか意味しない。また、新自由主義の貫徹としてのTPPに関しても、安倍はその「早期妥結」による「日米同盟」の強化こそが、「わが国の国益」だと明言している。「自らの思い」だけで突出した安倍がアメリカの批判をうけたことで、その「見返り」としてTPP問題で妥協し、取り引きしようというのではないのか。


 そして私たち、反天皇制運動の立場からは、今回のオバマ来日にともなって行われようとしている「天皇会談・宮中晩餐会」に対しても、批判の声を上げていかなければならないと考える。


 今回日本政府は、当初一泊二日で予定されていたオバマの来日日程を、二泊三日にすることにこだわった。米大統領としてはクリントン以来一八年ぶりの「国賓」としての来日という形を取りたかったからだが、続けて訪問予定の韓国との差異化を図ろうとしたものであったとも言われている。


 「国賓」に対しては、あたりまえのように、天皇との会見や宮中晩餐会がセットされている。だが、これは憲法で定められた天皇の「国事行為」に規定のない違憲の行為である。こうした違憲の行為が、天皇の外国訪問や来日した外国の首脳との会見なども含めて、いわゆる「皇室外交」としてもてはやされてきた。そしてそうした場をつうじて、天皇はあたかも日本国の「元首」であるかのような位置づけをされてきた。


 自民党は天皇元首化をも掲げた改憲案をすでに提出している。「天皇会談・宮中晩餐会」は、天皇の「元首」としての実質化を図るものであり、いわば天皇条項に対する「解釈改憲」のさらなる積み重ねにほかならない。


 同時にわれわれは、その天皇の行為が持つ政治的機能それ自体をも、批判していかなければならない。


 天皇の行為は、国家の賓客としての「国賓」をもてなすための、儀礼的な行為であるに「すぎない」ように見える。実際に、「政治的権能を有しない」とされている天皇の行為として、それは外交の場面における、国際親善・友好一般のための行為のように演出される。


 だが、それはあくまでも、日米首脳会談という現実政治の一環であり、その外交に被せられた政治なのである。そこで発せられる天皇の「おことば」なるものの具体的な中身がどのようなものであれ、それは必然的に、今回のオバマ来日をめぐる日本政府の立場を、全面的に肯定するものとならざるを得ない。そもそも、宮中晩餐会を含む天皇の賓客への「接遇」自体が閣議で決定されるものであり、「おことば」もまた、基本的には官僚による作文である。いわば天皇は、儀礼的な面において、安倍政権の政治を分担しているのである。


 国家のひとつの機関として、国家の政治を認証し、権威づけするのが天皇の役割である。だからこそ、安倍の政治にたいする批判には、この天皇の違憲の行為にたいする批判も含まれる。


 天皇制の政治的権能の強化、そして「元首化」への動きは、マスコミなどを通じて日々再生産され続けている天皇へのタブー意識などとあいまって、現実政治のなかに、批判を許さない「聖域」を形づくることになる。それは民主主義的な原理とはけっして相いれない。


 オバマ来日・日米首脳会談反対! 天皇会見・宮中晩餐会を許すな!

2013/12/28

【緊急抗議声明】安倍首相の靖国神社参拝を糾弾する

【緊急抗議声明】安倍首相の靖国神社参拝を糾弾する

12月26日 
反天皇制運動連絡会



 本日(12月26日)午前、安倍晋三首相は、突如靖国神社を参拝した。中国や韓国などとの外交関係を悪化させることが当然想定され、また、アメリカからもたびたび懸念を示されており、政府内やマスコミでも「靖国参拝見送りの公算」と言われていたなかでの、それはまさしく突然の参拝だった。


 われわれは、内外の反対を押し切って突如としてなされた、この靖国参拝という行為、そしてそれを通じての戦死者の「英霊」化とその顕彰、それが象徴する戦争責任・植民地支配責任の居直りのすべてを、怒りをもって糾弾する。


 まず、首相が「一宗教法人」たる靖国神社に参拝する行為は、国家の宗教との関わりを禁じた憲法の政教分離規定に反する行為である。この10月にも安倍首相は伊勢遷宮の儀式に出席した。これらは、解釈改憲によって実質的な改憲を積み重ねている、現在的な憲法破壊行為の一環である。


 さらに靖国神社は、その基本的な歴史認識として、かつての戦争を「聖戦」として賛美し、その戦争での死者を「英霊」として褒め称える神社である。1978年のA級戦犯の合祀は、東京裁判を根底から否定する彼らの歴史認識からすれば当然だった。安倍の靖国参拝は、そのA級戦犯を含む戦争の死者をまるごと「日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊」とするものであり、侵略戦争と植民地支配責任を公然と否認することにほかならない。


 また、靖国違憲訴訟をはじめとする、積み重ねられてきた靖国批判の声、アジア諸国からの抗議の声に耳を貸さず、自分の「気持ち」だけを強引に押しつけて恥じない態度は、この間の安倍政権の、民主主義を無視した独裁的な政治手法の現われでもある。まさに傲慢不遜というほかない。


 一部マスコミは、今回の靖国参拝が、沖縄県に対する辺野古基地容認を無理やりに呑ませることに成功の見込みがつき、その点でアメリカからの批判を回避しうるというタイミングで決断されたのではないかと報じている。戦後日本国家の全面的な作りかえを目指す安倍政権の暴走は、社会の全分野であつれきを生みだしている。秘密保護法や日本版NSC設置を強行し、新防衛大綱・中期防衛力整備計画とともに「愛国心涵養」の文言を盛り込んだ「国家安全保障戦略」を決定した安倍政権は、まさに戦争国家への道を突き進んでいる。国家の指導者が戦死者を祀る神社に参拝することも、戦死者を今後新たに生み出していくための準備にほかならない。


 憲法の枠を公然と破壊し、国家主義を推進し、民衆の自由や生存権を踏みにじり、アジア諸国にたいすることさらな挑発をおこない、戦争国家への道をひた走る安倍政権を、私たちはけっして許さない。安倍はただちに退陣しろ!

2013/02/12

【反天連声明】 国家による原発責任回避のための儀式 天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に反対する


2013年2月5日           
                                     反天皇制運動連絡会

 1月22日、政府は、東日本大震災から2年の3月11日に、東京国立劇場で安倍首相を実行委員長として政府主催の追悼式を行う閣議決定し、古谷国家公安委員長を責任者とする「追悼式準備室」が内閣府大臣官房に設置された。昨年同様、天皇・皇后の「臨席」のもとでそれは行なわれるという。
 昨年の「追悼式」には1200人が参加し、「地震発生時刻の午後2時46分に1分間の黙祷」「野田佳彦首相の式辞や、天皇陛下のお言葉、岩手、宮城、福島3県から招かれた遺族代表のあいさつ」などが行なわれた。
 この国家式典について、私たちは1年前、次のような批判の声明を出した。
 「筆舌に尽くしがたい惨事が東北を中心とする人びとを襲った。れまでの生活は一瞬にして破壊され、たくさんの命が失われた。れを目の当たりにした人びとにとって、また、そういった人びとに直接繋がる人びとにとって、この日が特別の意味をもつことは当然であり、失われた命に思いを寄せ、その死を悼むことはあたりまえの感情である。だからこそ私たちは、国家がその感情をすくい取り、さまざまな人の持つ多様な思いを暴力的に集約し、ある種の政治へと方向づけしていこうとするこの『追悼式』を、けっして許すことはできない。」
 「自然災害はおさまれば確かに暮らしは再建され『復興』に向かうはずだ。しかし、原発事故という大災害は、いまだに進行している事態であり、それは決して旧に復することのできない深い傷を刻み続けている。……私たちは、この現在進行中の事態を隠蔽していくためにこそ、この『追悼式』がおこなわれようとしているのだと断ぜざるをえない。」
 「私たちは例年、8月15日に天皇出席のもとで行なわれる『全国戦没者追悼式』に反対する行動に取り組んでいる。それは、戦争の死者を生み出した責任主体に他ならぬ日本国家が、その死者を『戦後日本の繁栄』をもたらした存在として顕彰することによって意味づける儀式である。そこに決定的に欠落しているのは、その死をもたらした戦争に対する反省の意識だ。国家がなすべきことは、戦争の死者を褒め称えることではない。国家による被害者にたいして責任を認めて、謝罪と補償(恩給ではなく)を行うことである。
 この8.15と同様の政治が、3.11においても起動させられていくに違いない。8.15において隠蔽されるのが国家の戦争責任であるとすれば、3.11において隠蔽されるのは国家の『原発責任』である。」
 「国家が『追悼』する対象は、個々の固有の名を持った死者ではありえない。儀礼的な空間の中で、人びとが持っている具体的な死者との関係の固有性は消去され、集合的に追悼されるべき単一の死者=『犠牲者』なるものに統合されてしまうのだ。その抽象的な『犠牲者』に対して、地震発生の時刻に合せて、国家のタクトのもとで『国民的』規模で黙祷が行なわれる。それはそのとき、さまざまな場所で、自らの思いにおいて個別の死者を悼むであろうすべての人びとの行為をも、否応なく国家行事の側に呑み込み、その一部としてしまうのである。『国民的』であることの保証は、また『日本国民の統合の象徴』である天皇が式典に出席することによっても与えられる。指揮棒に従わない者は死者に唾する『非国民』となるかのように。
 昨年3月11日、福島現地や、もちろん東京でも大きなデモがあり、私たちも国会包囲の「ヒューマンチェーン」の一翼を担っていた。当日のテレビは、こうした行動の映像の一部を映しはした。だが、その映像の前後は、各地でおこなわれた追悼式や、2時46分に街頭で黙祷する人びとの姿で埋め尽くされた。そして、一連のニュースの要となっていたのが、この政府による追悼式典と、そこに病をおして出席し「おことば」を述べて見せた明仁天皇の姿だったのである。こうして、1年目の3・11は、なによりも「国民的」な追悼の日として描き出されたのだ。
 この日、天皇が述べた「おことば」には、「この震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています」という一節があった。これは、「原発事故との闘いは続いています」とのひと言を除いて、放射能はもちろん原発事故についてふれず、もっぱら「復興を通じた日本の再生」ばかりを強調した、式典での野田首相の式辞に比べれば、当然の認識であり、踏み込んだ発言であったと言える。だが、この「再び安全に住むために放射能を克服する」というロジックこそが、高線量地域における「除染」を正当化する言説にもなってしまうのである。住み慣れた地域に帰り、かつての暮らしを取り戻したいという、被災者の切実な気持。それをも利用することによって、あたかも除染をしさえすれば、あらたに「避難指示解除準備区域」に線引きされなおした、かつての避難指示区域に戻って普通に生活できるかのようなキャンペーンが張られているのだ。そして天皇は昨年10月、30キロ圏内の福島県川内村を訪れ、除染の現場を視察して回った。マスクも付けず、ジャンパー姿で現場を歩いていた天皇の姿は、染をすれば安全だという政府の説明が正しいものであることを身もって示す、格好の宣伝材料になったはずである。
 原発の再稼働を当然のものとし、被災者の声を無視し、事故の責任を回避し、住民ではなくゼネコン主体の「復興」を進めようとする安倍政権の方向性は、ますますはっきりしてきている。住民に対する補償や避難の権利を認める方向にではなく、「除染利権」など大手資本を潤し、補償金を値切るための政策ばかりが進もうとしている。
 昨年の私たちの声明の結論部分はこうだ。
 「この『追悼式』は、人びとの悲しみや死者への思いを簒奪することを通じて、国家の責任を隠蔽し、『復興キャンペーン』へと人びとを動員する装置である。しかし国家がなすべきことはほかにある震災と原発事故の被災者の生存権を守り、被害を補償し、さらには一層の被害の拡大を防止するためにあらゆる手立てが尽くされなければならない。しかし、政府が行おうとしている方向性は逆だ。……それは、『復興』されようとしている社会が、3.11以前と同じ社会であること、そこにおいて利益を享受していた者たちの社会であることを物語る。この点で私たちは、国家による『追悼式』への抗議の声を、3.11というこの日においてこそ、反原発という課題に合流させていかなければならない。
 私たちは、これと同じ批判の言葉を、いま一度繰り返さなければならない。国家による、原発責任回避のための儀式を許すな!

2012/02/01

【反天連声明】
国家による死者の簒奪を許すな!
天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に
反対する


2012年2月1日
反天皇制運動連絡会

1月20日、政府は「東日本大震災1周年追悼式」を開催することを閣議決定し、内閣府に「追悼式準備室」を設置した。報道によれば、「追悼式」の会場は東京都の国立劇場で、1500名の規模。「地震発生時刻の午後2時46分に1分間の黙祷をささげる」「実行委員長を務める野田佳彦首相の式辞や、天皇陛下のお言葉、岩手、宮城、福島3県から招く遺族代表のあいさつなどを予定している」という。


1年前のこの日、筆舌に尽くしがたい惨事が東北を中心とする人びとを襲った。それまでの生活は一瞬にして破壊され、たくさんの命が失われた。それを目の当たりにした人びとにとって、また、そういった人びとに直接繋がる人びとにとって、この日が特別の意味をもつことは当然であり、失われた命に思いを寄せ、その死を悼むことはあたりまえの感情である。だが、国家が「追悼式」において果そうとしていることは、国家がそういった人びとの感情をすくい取り、さまざまな人の持つ多様な思いを、ある種の政治方向へと集約していくことにほかならない。だからこそ私たちは、国家による「追悼式」をけっして許すことはできない。


野田首相は、1月24日の施政方針演説で次のように述べている。「大震災の発災から1年を迎える、来る3月11日には、政府主催で追悼式を執り行います。犠牲者のみ霊に対する最大の供養は、被災地が一日も早く復興を果たすことに他なりません。……東日本各地の被災地の苦難の日々に寄り添いながら、全ての日本人が力を合わせて、『復興を通じた日本再生』という歴史の一ページを共に作り上げていこうではありませんか」。


「犠牲者のみ霊に対する最大の供養」が「復興」であるという。これは、例年、8月15日に天皇出席のもとで行なわれる「全国戦没者追悼式」における、国家による死者の「追悼」の論理とそっくりである。私たちは、毎年、「全国戦没者追悼式」への反対行動に取り組んでいるが、それは、戦争の死者を生み出した責任の主体に他ならぬ日本国家が、その死者を「戦後日本の繁栄」をもたらした存在として顕彰することによって意味づける儀式であるからだ。そこに決定的に欠落しているのは、その死をもたらした戦争に対する反省の意識である。国家がなすべきことは、戦争の死者を褒め称えることではない。被害者(戦場に駆り出された兵士たち、空襲や原爆投下などによるおびただしい死者、そして日本の植民地支配と侵略戦争によって生み出された他民族の被害当事者と遺族たち)にたいして責任を認めて、謝罪と補償(恩給などというものではなく!)を行うことである。


この8.15と同様の政治が、3.11においても起動されようとしている。そして8.15において隠蔽されるものが国家の戦争責任であるとすれば、3.11において隠蔽されるものは国家の「原発責任」とでも言うべきものである。


野田の演説において、地震・津波災害と原発事故災害とは、たんに並列されているだけである。地震・津波の被害をあれほどに拡大させてしまった責任は国にもあるはずだが、それ自体は「自然災害」ではあろう。しかし、それによって起こされた原発事故は100%の人災である。国家的なプロジェクトとして原発を推進し続けた国に、事故の根本的な責任があることは明白である。自然災害はおさまれば確かに暮らしは再建され「復興」に向かうはずだ。しかし、現在進行形の原発事故は、決して旧に復することのできない深い傷を、日々刻み続けている。原発政策をそのままにした「復興」などありえない。野田もこの演説で「元に戻すのではなく、新しい日本を作り出すという挑戦」が「今を生きる日本人の歴史的な使命」であるなどと述べている。だがそれは、「自然災害に強い持続可能な国づくり・地域づくりを実現するため、災害対策全般を見直し、抜本的に強化」することであり、「原発事故の原因を徹底的に究明し、その教訓を踏まえた新たな原子力安全行政を確立」することでしかない。こんなことは、従来の原発推進路線においてすら、タテマエとしては掲げられてきたことではないのか。


このふたつの災害を切り離して前者のみを語ることは、その責任を負っている国家にとっては、決して許されることではないはずだ。「追悼式」において、死者の死はもっぱら今後の「復興」にのみ結びつけて語られ、いまなお原発事故の被害を受け続けている人びとをも含めて、被災一般・苦難一般へと問題は解消され、それを乗り越えて「復興に向けて頑張ろう」というメッセージへと「国民的」な動員が果たされる。野田の演説にも見られる「全ての日本人」「日本再生」といった言葉は、多数の被災した在日外国人を排除するだけではない。被災者のおかれているさまざまな苦難の差異を消し去り、あやしげな「共同性」に囲い込み、挙国一致で頑張ろうと忍耐を求める国家の論理なのだ。


さらに、国家によって「追悼」されるのは、個々の固有の名を持つ死者ではありえない。儀礼的な空間の中で、具体的な個々の死者は、集合的に追悼されるべき単一の死者=「犠牲者」なるものに統合されてしまう。その抽象的な死者に対して、国家のタクトにしたがって、「国民的」行事として一斉黙祷がなされる。それはあくまで、儀式を主宰する国家の政治目的のための「追悼」なのだ。それはそのとき、さまざまな場所で、自らの思いにおいて個別の死者を悼んでいるだろうすべての人びとの行為をも、否応なく国家行事の側に呑み込み、その一部としてしまう。それが、国家による死者の簒奪でなくて何であろうか。


この儀式において、天皇の「おことば」は中心的な位置を占めるだろう。天皇は、昨年の震災直後にビデオメッセージを発し、また、被災地を慰問して回った。そこで天皇が果した役割は、被災者の苦難にたいして、その悲しみや怒りを、「慰撫」し「沈静化」させることであった。そのパフォーマンスは、マスコミなどで「ありがたく、おやさしい」ものとして宣伝され続けた。しかし、天皇とは憲法で規定された国家を象徴する機関である。そのような存在として天皇は、震災と原発事故が露出させた戦後日本国家の責任を隠蔽し、再び旧来の秩序へと回帰させていく役割を、精力的に担ったのだ。それこそが天皇の「任務」なのであり、3.11の「追悼式」において天皇が果すのも、そのような役割であるはずだ。


国家がなさねばならないことは別にある。震災と原発事故の被災者の生存権を守り、被害に対する補償や支援をし、さらには被害の一層の拡大を防止するためにあらゆる手立てが尽くされなければならない。そして、これまでの成長優先社会の価値観からの転換がなされなければならない。しかし、政府が行おうとしている方向性は逆だ。原発問題一つとっても、老朽原発の寿命の延長を可能にし、インチキな「ストレステスト」を強行して無理やり再稼働に進もうとしているではないか。それは、「復興」されようとしている社会が3.11以前と同じ社会であること、そこにおいて利益を享受していた者たちの社会であることを物語ってしまっている。この点で私たちは、国家による「追悼式」への抗議の声を、3.11というこの日においてこそ、反原発という課題に合流させていかなければならない。

2011/09/17

【反天連声明】9.11反原発デモへの弾圧を許さない。5人の仲間をすぐ返せ! ──自由な行動、表現の自由に対する警察権力の不当な弾圧と、排外主義者たちによるデモへの妨害と攻撃を許すな!

9月11日、新宿で行われた「9.11原発やめろデモ!!!!!」に対して、警察権力は、これまで以上に敵意をむき出しにして臨んだ。主催者によれば、当初のデモ申請の出発地点とデモコースは一方的に変更させられ、デモ隊に対する過剰な警備体制が敷かれた。デモの隊列は圧縮され、押し込められ、参加者は暴力を振るわれたという。こうして自ら混乱をつくり出した警察は、デモ参加者を「公務執行妨害」などの名によってほしいままに逮捕し去ったのである。最終的な逮捕者は12人、まさに大量弾圧というべきである。

私たちの多くは、そのとき、都内で行われていた別の反原発アクションの場にいた。新宿の状況はそこにも刻々と伝えられた。膨れ上がっていく逮捕者の数に耳を疑い、怒りをかきたてられながら、このどす黒い警察権力の意思が、原発を推進し維持し続けようとする国家の意思とまっすぐつながっていることを、あらためて確認しないではいられなかった。

逮捕された人びとが「違法なデモをした」「暴行をふるった」などという許しがたいデマが、マスコミなどで垂れ流される。今回の弾圧が、反原発への弾圧であるばかりでなく、5.7や8.6などと同様、運動の広がりそれ自体に対する弾圧であることは、デモの参加者にこそはっきりと感じられていよう。なによりも、さまざまな人びとが、さまざまな方法で、自由に路上に繰り出していくことを圧殺しようというのが権力の意思だ。だから大量の逮捕者を生みだしたデモは、警察の暴力性ではなくデモの暴力性の証しとして描きだされる。そしてそのデモの参加者は「特殊な存在」であり、いわゆる「過激派」であるというかたちで、反原発運動のなかに分断の線が引かれる。

14日までに、逮捕者のうち7人まで釈放されたが、残りの5人に対しては不当にも10日間の勾留がつき、いまなお警察署に捕われたままだ。すでに救援会が立ち上がりさまざまな活動に取り組んでいる。私たちもまた、多くの人びととともに、新宿でおきた事態をはっきりと認識し、不当逮捕糾弾・即時釈放要求の声を上げていきたいと考える。

そして私たちは、今回、差別排外主義「市民右翼」=在特会(在日特権を許さない市民の会)などの連中がその場に登場し、デモ隊を挑発し、警察に逮捕を要求したという事実に、強い怒りを禁じることができない。

3.11以後、「原発の火を消させない国民会議」なるものを立ち上げた彼らは、この日、歩行者天国がおこなわれていた新宿三丁目の交差点近くに陣取り、デモ参加者を「反日極左」と名指しつつ、「生きたまま原子炉にたたきこめ」などと連呼した。

なにより、そのような場所を、警察が在特会に確保させたということ自体が、彼らへの優遇ぶりを物語っているのである。もちろん、歩行者天国を理由に情宣を制限することは不当だ。しかしこれまで、多くの市民・社会運動は、それを理由に警察や地元商店会の執拗な介入を受け、情宣の妨害をされてきたのだ。それが、彼らに対してだけは黙認されたばかりか、柵の中とはいえ、特等席ともいうべきカウンターの場が用意されたのである。

あまりにも傍若無人に差別的な言辞を吐き続ける在特会メンバーに対し、抗議の声をデモ参加者が上げるのは当然である。しかし、抗議しようとしたデモ参加者は、「逮捕しろ」と叫ぶ在特会メンバーの声に煽られるようにして一斉に襲いかかった警察によって、道路に押し倒され逮捕された。在特会のメンバーは、「逮捕なんて生ぬるいことしてないで射殺しろ」と叫び、逮捕者と一緒にいて警察に拘束された女性の腹を蹴るなどの暴行まで加えている。だが、これにたいして警察は「おとがめなし」で、なんの対応もしていないのである。暴力を行使した側ではなく、それに対して抗議しようとした側が逮捕されたのだ。

警察は、在特会にデモ妨害の自由を与え、デモ隊を挑発させることでデモを弾圧するための道具に使ったことは明らかである。在特会はその与えられた条件を存分に享受して、デモへの薄汚い妨害を続けたのだ。

デモ隊のすぐ脇で自由に「カウンター」を展開する在特会と、警察に規制され圧縮されながら進むデモ隊の不自由さ。このきわめて非対称的な構造は、私たちにとっても既知のものである。私たちも参加して例年取り組まれている、8.15反「靖国」行動のデモも、彼ら在特会らの「カウンター」に見舞われ続けているが、今年もまた警察は、九段下交差点が見わたせるポイントに、わざわざ彼らのためのステージをしつらえてやり、彼らはそこから、差別排外主義と暴力的な言辞を思うがままにデモ隊に浴びせかけることができたのだ。

警察権力と在特会のデモ隊に対する悪意は、彼らが言うところの「過激派」や「反日極左」を、そのようなものとしてレッテルばりして、この社会から葬ってしまいたいという意思において通底している。異論や他者を暴力的に排除することを自己目的化しているのが排外主義者であるとすれば、警察権力は、排除と包摂の線を引きながら、自律的な行動を自らの制御しやすい枠内へと押し込めていこうと意識している。かかる整序への暴力、排除と包摂の位階的なシステムこそ、この社会を根本から侵しているものであって、それを私たちは天皇制社会と呼ぶ。

3.11以降の現実は、地域差別や「死に向かう」原発下請労働者などへの差別構造とそれを前提とする社会のうえに、原発という存在が立っていたことを明らかにした。差別構造総体に対する反対の声を! 自由な行動、表現の自由に対する警察権力の不当な弾圧と、排外主義者たちによるデモへの妨害と攻撃を許すな! 5人の仲間をすぐ返せ!


2011年9月16日
反天皇制運動連絡会

救援会のサイトはこちら→ http://911nonukyuen.tumblr.com/