2012/04/11

4・29植民地支配と日米安保を問う ― 反「昭和の日」集会とデモ



今年の反「昭和の日」行動は、サンフランシスコ講和条約発効から60年の4月28日
に、戦後の日本が通ってきた歴史的現実を踏まえながら、沖縄の現在や、私たちの目の前にある問題を考える講演集会を反安保実行委員会と共催で持つ。
そして4月29日。昭和天皇ヒロヒトの誕生日であるこの日。今私たちが考えなければいけない課題は、押しつぶされそうなくらいたくさんある。だが、 その課題のひとつひとつを突き詰めていくと、敗戦後の天皇制をはじめとする「昭和」の歴史にその根っこが見えてくる。今回はそんないろんな課題をたくさん 集めて語ってもらう。そのなかから、「昭和」の歴史、ヒロヒトおよび天皇制がになってきたものを再検証するような集まりとしたい。


日時 2012年4月29日(日)  
   
     午後1時半開始

場所 日本キリスト教会館4F
     (地下鉄東西線早稲田駅3b番、2番出口から徒歩5分)
     
    8分間スピーチ 反戦・反基地・反自衛隊
              反ナショナリズム/反日の丸・君が代
              反原発/反改憲/反安保/反弾圧・・・・・
     集会後デモ

資料代 500円

主催 反「昭和の日」実行委員会
  http://2012429.blogspot.jp/

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会/キリスト教事業所 連帯合同労働組合/国連・憲法問題研究会/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情 報センター/労働運動活動者評議会
    

60年目の「沖縄デー」に植民地支配と日米安保を問う - 4・28集会

 4・28~4・29連続行動
60年目の「沖縄デー」に植民地支配と日米安保を問う
 
講師
新垣 誠さん(写真家、沖縄NGOセンター代表理事)
「『本土復帰』40年と沖縄の現在」

太田昌国さん(編集者、民族問題研究者)
「戦後日本国家と継続する植民地主義」

[日時]2012年4月28日(土) 午後6時開始
[場所]文京区民センター・2A会議室(地下鉄・春日駅/
後楽園駅)


 主催:反安保実行委員会+反「昭和の日」実行委員会

  
 侵略戦争の敗北そして6年半にわたる占領を経て、1952年4月28日、日本は再び独立した。
 しかし、サンフランシスコ講和条約は、ソ連、中国、台湾そして朝鮮半島の国が加わらない「片面」であり、その内容は、旧植民地出身者を日本国籍から一方的に切り捨て、さらに、沖縄戦以降、米軍占領下に置かれ続けた沖縄をアメリカに「法的に」に「売り渡す」ものであった。沖縄では、米軍の「銃剣とブルドーザー」による大規模な土地接収が50年代に強行され、米軍基地の整理縮小が進んだ「本土」とは対称的に過酷な基地負担を背負わされることになるのである。さらに、東南アジア諸国に対する日本の戦後賠償も東西対立下のアメリカの戦略によって切り縮められた形の講和となったのである。
 大日本帝国(天皇制国家)による植民地支配・侵略戦争の反省や補償のスタートとなるべき敗戦・占領からの「出口」は、かくも大きな問題を孕むものであった。そしてそれらは、60年経った今日までも解決のされない大きな課題として私たちの前にある。
サ条約発効から60年の日、この戦後の歴史を踏まえながら、現前の問題に取り組むべく講演集会を持つ。そしてそれは、翌日の「昭和の日」に真に記憶されなければ「昭和の歴史(=ヒロヒトの戦争・戦後責任)」と密接に結びつくものでもある。
是非ご参加を!

2012/04/09

植民地支配と日米安保を問う  4・29反「昭和の日」行動実行委員会へのよびかけ

植民地支配と日米安保を問う
 4・29反「昭和の日」行動実行委員会へのよびかけ

 震災・津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故より1年目がすぎた。事故の処理はなにひとつ満足な解決をみていない。福島県はもとより、それ以外の地域でも至る所に被害は及んでいる。被害者は当たり前の暮らしを取り戻すことさえまだできていないし、そのための賠償問題も遅々として進んでいない。1年目の3月11日、政府主催による「東日本大震災一周年追悼式」が、天皇夫妻の出席のもと行われた。病気をおしてまで出席した天皇の役割とは、優しい微笑みの裏で事故の責任者を名指すことを回避し、被災者に我慢を強い、さらに原発再稼働という政治意思に示されているような震災前の「秩序」へと、社会を再び統合していくことでしかない。3月11日、震災と原発事故がおきたこの日を、政府とマスコミは、ただ震災とそれによって生み出された死者「のみ」を追悼する日として組織した。事故や放射能について口にした天皇の「お言葉」も、国家による追悼の空間に、すべての「国民」を集約するものとして発せられたのである。戦争責任をとらないまま毎年8月15日に「全国戦没者追悼式」が行われていることと同じ構造が新たにつくられていくこと、また3月11日という日が、新たな「慰霊の日」となることに、私たちは憤りを感じざるをえない。

 まもなく、昭和天皇ヒロヒトの誕生日である4月29日、6回目の「昭和の日」がやってくる。今年は1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約が発効されて60年目にあたる。ヒロヒトは自らの名で侵略と植民地拡大のための戦争を遂行し、沖縄戦の最中に米軍に占領された沖縄に、長期にわたって米軍が駐留を希望するメッセージを、政府の頭越しにアメリカの国務長官クラスに送るなど暗躍し、安保体制の枠組みを作りだした。敗戦後、サンフランシスコ講和条約によってそれは明文化され、日本の「独立」と引き替えに、今現在に至るまで沖縄の人々は米軍による好き勝手な土地使用に苦しめられることとなった。米軍の「銃剣とブルドーザー」による大規模な土地接収が強行され、米軍基地の整理縮小が進んだ「本土」とは対称的に過酷な基地負担を背負わされることになるのである。さらに、東南アジア諸国に対する日本の戦後賠償も、東西冷戦下のアメリカの戦略によって切り縮められた、日本の経済進出の足がかりとなるかたちでの講和となったのである。本来であれば大日本帝国(天皇制国家)による植民地支配・侵略戦争の歴史を清算し、反省や補償のスタートとならなければならなかった敗戦・占領からの「出口」は、かくも大きな問題を孕むものであった。

 そして今年は沖縄が「本土復帰」してから40年という年でもある。「本土復帰」後の沖縄は、日本の「国内植民地」とも言える状態でアメリカ・日本の戦略に組み込まれている。このことに規定された今日の基地問題、地位協定の問題など、解決されない大きな課題として私たちの前にある。

 今年の反「昭和の日」行動は、サンフランシスコ講和条約発効から60年の4月28日に、戦後の日本が通ってきた歴史的現実を踏まえながら、沖縄の現在や、私たちの目の前にある問題を考える講演集会を反安保実行委員会と共催で持ち、翌日29日には「昭和」の歴史(=ヒロヒトの戦争・戦後責任)に向きあい、発言し、行動する、28~29日の連続行動を予定している。多くのみなさんの参加と賛同、協力をよびかけたい。

植民地支配と日米安保を問う 4・29反「昭和の日」行動実行委員会 
  http://2012429.blogspot.jp/

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会/キリスト教事業所連帯合同労働組合/国連・憲法問題研究会/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/労働運動活動者評議会

2012/03/31

3.18「だからこそ、反戦を!」デモへの右翼の襲撃・暴力を許 すな!  ──抗議とカンパの要請──


2012年3月18日、私たちは、新宿で「だからこそ、反戦を!」集会とデモに取り組んだ。
私たちのデモは、防衛省先から曙橋にいたる靖国通りで、右翼によ
る激しい妨害と暴力に直面した。

靖国通りに並んだ十数台の街宣車は、デモ隊に対して大音量で罵声
を浴びせ続け、車を降りてきた右翼たちは、歩道側・車道側からひっきりなしにデモ隊へ突入した。彼らによって、蹴られ、押し倒された参加者もいた。さらに彼らは沿道から石のようなものや卵を投げつけ、またペットボトルの水をまいたりした。とりわけ危険だったのは、デモコースの道路をまたぐ歩道橋の上に右翼が陣取っていたことだ。そこからデモ隊に物が飛んできたが、大きな石でも落とされれば、死者が出ても不思議はない状況だった。さらに、ポリタンクに入れた正体不明の液体を、歩道橋からデモ隊に浴びせようとして仲間に止められていた右翼も目撃されている。中身は一体なんだったのか。水であれば、当然止められることはなかったはずである。

横断幕やプラカードは奪われ、破られ、旗棹は折られた。ドラム隊
は「うるせんだよ」と怒鳴られ、蹴られ、楽器を奪われかけた。デモへの右翼の突入を阻止する過程で何人かの負傷者も出た。

とくに、宣伝カーに対する攻撃は激しかった。宣伝カーの前に座り
こんだり、車体を叩いたりする。ドアを開けて乗り込もうとする。バンパーは破損し、後部座席歩道側の窓ガラスが割られた。そこから車内に入り込もうとした右翼は、口に含んでいた水を、運転手らに吹きかけた。運転手への攻撃によって運転を誤れば、人身事故にもつながりかねないだろう。

一連の右翼の暴力によってデモ隊は大きく乱されたが、コールやド
ラムはとぎれることなく、最後までデモは貫徹された。

今回の右翼の暴力が、きわめて計画的なものであることは、彼らが
用意周到にも準備していたさまざまな投擲物によっても明らかである。そしてデモコースと通過時間のタイミングからして、事前に公安警察から情報が流されていた可能性はきわめて高い。警備も右翼を規制するよりも、デモ隊を早く進めさせることに専念し、車道側からデモ隊を押して混乱をより拡大させた。宣伝カーの窓ガラスを壊した右翼も、その場で警察によって身柄をひきはなされはしたが、逮捕されることもなくすまされている。こうした点において、私たちは、右翼にたいして甘く、むしろそれを口実にデモを規制していくという警察のあり方が、あらためて露呈したと指摘せざるを得ない。

「だからこそ、反戦を!」という私たちの声を暴力で圧殺しようと
した右翼たちの行為それ自体に、彼らの戦争や軍事、暴力を賛美する彼らの意志がはっきり現れている。と同時に、私たちは、今回の暴力行為が、たんに反戦運動に対する敵対であるばかりでなく、デモという表現行為全体に向けられた攻撃でもあったということを、再度確認しなければならない。暴力で抗議の声をつぶしていこうとする行為は、とくに3.11以降拡大している、街頭におけるさまざまな政治的表現を分断し萎縮させていこうとする、権力の政治意志と確実に連動しているのだ。だからこそ、右翼とそれを利用した警察のデモ弾圧を弾劾する声を、さまざまな運動を共にする多くの人びととともに、何度でも上げていきたいと思う。

*物損をはじめとした当日の被害(
他団体から借用した宣伝カーの修理費に、最低でも10万円以上かかります)に対して、支援のカンパを呼びかけます。運動つぶしに屈せず、行動を持続していくためにも、ぜひご協力をお願いします。
ご協力頂ける方は、以下の振替口座に、3.18カンパと明記して
ご送金下さい。

郵便振替口座番号 00150-9-466604 

加入者名 反安保実行委員会 


2012年3月31日


3.18集会呼びかけ団体

沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
戦争に協力しない!させない!練馬アクション
立川自衛隊監視テント村
反安保実行委員会
反天皇制運動連絡会
有事立法─改憲阻止 反帝国際連帯 反戦闘争実行委員会

抗議文 警察は右翼を利用したデモ弾圧をやめろ!


抗議文 警察は右翼を利用したデモ弾圧をやめろ!

警視庁警備部長殿


  2012年3月18日、私たちは、新宿で「だからこそ、反戦を!」集会とデモに取り組んだ。

 私たちのデモは、防衛省先から曙橋にいたる靖国通りで、右翼による激しい妨害と暴力に直面した。

靖国通りに並んだ十数台の街宣車は、デモ隊に対して大音量で罵声
を浴びせ続け、車を降りてきた右翼たちは、歩道側・車道側からひっきりなしにデモ隊へ突入した。彼らによって、蹴られ、押し倒された参加者もいた。さらに彼らは沿道から石のようなものや卵を投げつけ、またペットボトルの水をまいたりした。とりわけ危険だったのは、デモコースの道路をまたぐ歩道橋の上に右翼が陣取っていたことだ。そこからデモ隊に物が飛んできたが、大きな石でも落とされれば、死者が出ても不思議はない状況だった。さらに、ポリタンクに入れた正体不明の液体を、歩道橋からデモ隊に浴びせようとして仲間に止められていた右翼も目撃されている。中身は一体なんだったのか。水であれば、当然止められることはなかったはずである。

横断幕やプラカードは奪われ、破られ、旗棹は折られた。ドラム隊
は「うるせんだよ」と怒鳴られ、蹴られ、楽器を奪われかけた。デモへの右翼の突入を阻止する過程で何人かの負傷者も出た。
とくに、宣伝カーに対する攻撃は激しかった。宣伝カーの前に座り
こんだり、車体を叩いたりする。ドアを開けて乗り込もうとする。バンパーは破損し、後部座席歩道側の窓ガラスが割られた。そこから車内に入り込もうとした右翼は、口に含んでいた水を、運転手らに吹きかけた。運転手への攻撃によって運転を誤れば、人身事故にもつながりかねないだろう。

私たちは、一連のこれら右翼の暴力が、警察による黙認のもとでお
こなわれたばかりでなく、それを口実として警察による不当なデモ規制が強められたことに、強い怒りを持つものである。デモコースに、通過時間のタイミングをはかったように待ちかまえていた街宣車と右翼メンバー。

 警察はそのことを把握していたにもかかわらず、事前に排除することもせず、彼らがデモを攻撃する場所を準備した。右翼たちがデモ襲撃をあらかじめ公言していた以上、彼らの暴力行為が実行されることは明白だったのであり、最悪の場合、多数のけが人が出ることも予想された。まさに、右翼の暴力を警察は黙認したばかりか、その実行に加担さえしたのである。そもそも、デモコースと出発時間に関しても、公安警察から情報が流されていた可能性はきわめて高いと私たちは考えている。

右翼の突入によって引き起こされた「混乱」にあたって、警備は、
突入する右翼を止める制止することはしたものの、警備の外側では右翼は自由に行動させた。それどころか、右翼を規制するよりも、デモ隊を早く進めさせることに専念した。車道側からデモ隊を押して隊列を狭め、その結果車道側の右翼と接触させるなど、警察は混乱をより拡大させた。

宣伝カーの窓ガラスを壊した右翼も、その場で警察によっていった
ん身柄をひきはなされはしたものの、逮捕されることもなくすまされている。目の前で不法行為が行われているのに、警察は一貫して彼らを本気で取り締まろうとはしないのだ。こうした点において、私たちは、警察の目的が、右翼を口実にデモを規制していくところにあったということを、あらためて実感させられた。

いうまでもなくそれは、デモという基本的人権の根幹である表現の
自由の侵害であり、警察権力の、右翼による犯罪行為への加担である。
警察は人権侵害をするな! 当日の警備状況について反省し、謝罪せよ!

2012年3月31日

3.18集会呼びかけ団体
沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
戦争に協力しない!させない!練馬アクション
立川自衛隊監視テント村
反安保実行委員会
反天皇制運動連絡会
有事立法─改憲阻止 反帝国際連帯 反戦闘争実行委員会

2012/03/20

モンスター26号[集会報告]

2・11反「紀元節」行動

厳しい寒さが一瞬やわらいだ一日だった。穏やかな陽射しを受けながら「一人の逮捕者も、一人の怪我人も出ませんように」とつい願ってしまう。大逆事件から100年以上の時間を経た現代においてもなお、反天皇制を掲げる私たちが身の危険を感じなければならないことこそ、「国民の総意」ではなく、天皇制は暴力によって維持されてきたことを示す。会場である日本キリスト教会館には、「会場を貸すことをやめなければ、若い奴が行って、ぶっ放すぞ」との脅迫電話が入ったという。電話の主を確認することが出来ないので、相手が公安警察か右翼なのかわからない。デモ申請直前にデモコースを変更した。実行委メンバーがその報告を受ける前に、そのデモコースにぴったりのカウンター行動の場所が右翼のブログに載っている。瞬時に警察から情報が流されているということだ。そして、デモコースには「日本侵略を許さない国民の会」「在日特権を許さない市民の会」グループと右翼街宣車との棲み分けがなされている。警察は「ぶっ殺せ!」と叫ぶ彼らのために、明治通りを通行止めにしてまで場所を用意する。「左翼対右翼」という図式などない。そんなものはインチキであると私は言いたい。その図式こそ、警察が書きたいものではなかろうか。そのような土俵で議論することの愚かしさを、警察によって配置された右翼の罵声をあびながら実感する。

戦後日本国家が行き着いた原発災害から、もうすぐ一年だ。あらゆる「危機」の時代。私たちは四つの課題を立て、議論するなかで現在の状況を読み取っていこうと、今回四人の方に発言してもらった。

京極紀子(「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会)による「ポピュリズムの政治?─ハシズムの暴走を止めよう」。桜井大子(女性と天皇制問題研究会)による「『女性宮家』構想という問題」。なすび(福島原発事故緊急会議・被曝労働問題プロジェクト)による「『紀元節』に考える格差・差別と脱原発・反原発」。村上陽子(ゆんたく高江)による「沖縄と天皇制─沖縄文学の視点から」(敬称略)。各人の発言はこれから出る報告集をごらんください。

4人の方はそれぞれの場所から、現在を問題化する。その繋がりの中で、私たちは2・11反「紀元節」行動を無事にやり遂げることができた。参加者80名である。回を重ねるごとに既成事実化され、平然となされる不当な弾圧に対し実行委は警察に公開質問状を提出した。
(桃色鰐/2・11反「紀元節」行動実行委)

モンスター26号[今月の暴言]

また出た。「南京大虐殺はなかった」発言。今までも何回も出ては、そのたびに発言者は撤回したり、周りは事態の収拾にあわてたり、ネトウヨが持ち上げたり。今回の発言者、河村たかし名古屋市長の場合も基本的には同じだ。ただ、彼は撤回はしないという。この南京大虐殺の論議は結局は数の話で終始している。中国側は犠牲者30万人というのを公式な数としているが、日本側は2万人から50万人まで意見が分かれる。河村市長は「30万人という虐殺はなかった」という趣旨にして逃れようとしている。この数の差は明確な証拠がない以上、埋まりようもない。でも、2万人も30万人も大量には代わりはない。暴言である。ではあるが、ともするとそんなことはなかったかのようにしてしまう「日本人」には、「南京大虐殺」の事実を思い出すチャンスかもしれない。このことによってSKE48が公演する予定だった日中共催の文化イベント「南京ジャパンウイーク」が延期になったそうだ。若い人たちにも、どういうことがあったのか、数ではなく事件そのものを知ってほしい。 (貂)